文屋

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2011年8月4日

9月27日(火)、尾角光美さんと大久保寛司さんの講演会が開かれます。

みなさん、尾角光美さんをご存じですか? お名前は、おかく・てるみさんと読みます。

 

彼女の講演会が、9月27日(火)夕方、東京/駿河台の明治大学で開かれます。主催者の中馬企画、中馬幸子さんが書かれたご案内分を引用します。

 

「昨年、民間団体 (リヴォン=生き続ける) を立ち上げました。長い間にわたる母親との葛藤、そして母親の自殺。自らの生い立ちと活動の中で今まで出会ってきた遺児たちの物語から「絶望の先にある希望」をひとりひとりに届けていく。その活動と人となりは、ちいさなひまわりに似て逞しくそして明るい。尾角さんを温かく応援されている「人と経営研究所」の大久保寛司さんと尾角光美さんの講演会を下記のように開かせていただきます。ぜひともご参加をいただきたく、ご案内を申しあげます。」

 

わたしは、先ごろ、善光寺さんで開かれた尾角さんの講演会に参加して、初めて彼女のお話を伺い、ごあいさつをさせていただきました。大久保さんにご紹介いただきました。

 

大久保さんは、文屋から今春、ビジネス詩集『考えてみる』を出版してくださいました。

 

実体験とその克服の過程を踏まえ、「生き続ける」というメッセージを込めた団体を設立運営する尾角さん。個から公への展開に、彼女の志の高さを感じずにはおれません。これからのこの国を、力強く担っていく人物の一人です。

 

尾角さんのお話は、聴いていた誰の心にもしみいるものがありました。死と生、幸せとは,人生とは・・・と本来あるべき自身の、自然体の姿を問うことのできるお話でした。

 

今回は、同大学「死生学研究所」(金山秋男教授)との共同開催です。

 

時間帯は、18:30から20:30、会費は6,000円で、一部は被災地の遺児支援活動に充てられます。

 

お申し込みは、

メール:sachiko@chumakikaku.com

ファクス:03-5313-7052

 

くわしくは、

http://www.chumakikaku.com/events/even110927/

 

中馬幸子さんの想いは、

http://www.chumakikaku.com/aboutus/

 

大久保寛司さんの『考えてみる』は、

http://www.e-denen.net/index.php/kangaete

2011年8月18日

書籍『わもん』の「まえがき」

まえがき
「わもん」
生まれは太古の地球。
日本で目覚め・育って・世界に・未来へ
文屋 代表 木下 豊
 
 数年前、沖縄への旅を誘さ そわれました。かすかなとまどいを感じていたわたしは、人生の師と仰ぐ先生に相談しました。
 「その旅で沖縄に行くことで、あなたとあなたのまわりの人たちにとって、いい出会いがありますよ」。
 旅の初日の夜、わたしが出会ったのが、「やぶちゃん」こと薮原秀樹さんです。
 人を包みこむような底抜けに明るい庶民性、というだけでは言いあらわすことのできない魅力を、感じました。
 「『聞くこと』を極き わめたい」と言うやぶちゃんとわたしの、ふたりだけの語らいは、
二時間におよびました。サトウキビ畑をわたる夜風が、あたりを包んでいました。
「聞くこと」は、まだ名前がついていませんでした。
 しばらくしてやぶちゃんは、チベットへ旅をしました。
 「『わもん』に決めました。修行僧たちの姿を見ていて、直感しました。全身に閃光が走りました。話を聞く。『話す』『聞く』を音読みして、わ・も・ん、です」。
 「わもん」と初めて耳にしたわたしはなぜか、「話聞」ではなく「和門」を思いうかべました。和門……なごやかな、平和な世界への入り口……と連想させるほどに、彼はその命名がうれしそうであり、なごやかな気配を漂わせていたのでしょう。
 「『わもん』は日本だけではなく、世界の人々を救い、幸せにする力を秘めていると思います。わたしは自分の『わもん力』をみがいて、広げていきたい」と真顔で語るやぶちゃん。彼の底知れぬ魅力を表現する文章力を、わたしはもちあわせていません。ただ、彼の志が、このかぎりなく広く、高く、遠い、公おおやけに向けられていて、ゆるぎがないことは、たしかです。
 「『わもん』は、話し手の『声なき声』を聞くことにより、聞き手の『声なき声』を聞くことができるようになる修行です。聞き手が自分の『声なき声』を受けとめる、そのことを『自己わもん』と呼んでいます」とやぶちゃんは語ります。五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚)だけでなく、目で、肌で、心で感じとる新しい聴覚、「わもん聴覚」。これは、人類が言葉を生みだす以前の、太古の昔から、すべての人間に本来そなわっていた能力だと、彼は言います。
 きもちを伝えあう手立てとして言葉が生まれたおかげで、思いを伝えあう効率と正確さは格段に向上しました。それにともなって、以心伝心(無言のうちに心が通じあうこと)のコミュニケーション力である「わもん聴覚」は、影をひそめてきました。
 人間ならばだれでも、奥深くにもっている「わもん聴覚」。それに気づかず、大切さも知らず、よってみがきをかけることもなく、世界の人々は日々暮らし、働いているのです。もったいない!
 「修行」と聞いて、「おっと」と身がまえることはご無用です。苦しくも、つらくもありません。「わもん」の修行は、エキサイティングでワクワクするトレーニングです。そのことは、「わもん」の創始者&トップランナーとして、日々、高所をめざして生きているやぶちゃんのウキウキぶりを見れば、すぐにわかります。
 いつでも・どこでも・だれにでも。そして、どんな状況でも通用するコミュニケーションスタイル 。それが、「わもん」なのです。
 「わもん」トレーニングのキーワードは、「絶対尊敬」と「完全沈黙」です。
 四文字熟語は苦手ですか? ご心配なく!
 本書には、「先出しジャンケンの絶対尊敬」とか、「発信機能をすべてオフにして、受信機能だけオンにして聞くのです」とか、日々の修行を楽しみながら工夫をかさねるやぶちゃんがあみだした、だれでも今すぐにできるアドバイスがいっぱいです。
 「わもん」をするとき、自分のものさしをはずして話を聞くと、おどろくほど話し手のきもちが伝わってきます。ものさしとは、思考の枠わ くです。あれこれと考えながら聞くのではなく、思考を停止し、考えずに、ただ感じるのです 。
 「枠を外せばワクワクする」。
 やぶちゃんとの語らうなかで、わたしに降ってきた言葉です。
 思考の枠。人は社会生活を送るなかで、知らないうちに枠を身にまとっています。
枠はリミッター、限界です。その人が無意識に、うたがいなく思いこんでいる制約です。話し手の話を徹底して聞いているうちに、聞き手みずからが、自身をしばってきた枠をはずしていることに気づくことがあります。
「心の宇宙」は広く、無限大です。枠をはずし、自身を囲っている檻の扉を開けて、心の宇宙に飛びたちましょう。まったく異次元の、未体験ゾーンが、あなたを待っているはずです。
 やぶちゃんはよく、こう語ります。
 「わもんが、ふつうの会話と大きくちがうのは、聞き手の修行であることです。
話し手の思いのありのままを、素直に受けいれて聞くと、話し手から『聞いてくれてありがとう』と感謝されます。聞き手はそのときも、『いい修行(トレーニング)をさせていただきました』と合掌するきもちで受けとめます」。
 「聞くことで日本がよくなればいいな、と思っています。聞く修行に取りくむ人が増えて、思いを受けとめる感覚が冴えわたり、以心伝心の能力が開花すると、なごやかな社会になると思います。いつの日か、NIPPONが誇る、世界のWAMONになればいいなぁ……」と。
 それを聞いたわたしは、敬愛する人生の師のご指導を思いだしていました。
 「沖縄に行くことで、あなたとあなたのまわりの人たちにとって、いい出会いがありますよ」。
 やぶちゃんの「わもん」の本を出させていただこう。まずは日本語で。そして、アジアへ、世界に向けて、発信していこう。師が微笑えみながら語られた「あなたのまわりの人たち」とは、わたしの身近にいる人たちだけではなく、世界中のまだ見ぬ読者さんたちのことだと、気づきました。
「わもん」をされた人が、自分の生まれた意味に気づき、使命感をもって、つぎは別のだれかに「わもん」をする。その人がほかのだれかに「わもん」をする。その連鎖で、この世に生まれたすべての人が、救い人になる……。ひたひたとしずかで、壮大な、構想です。
本書をつうじて、「わもん=話聞」が、世界の人々を「和門」へとつなげる存在になってゆくことを、願っております。
『わもん |聞けば叶う』の出版を快諾してくれた薮原秀樹さん、取材と執筆を担ってくれた中島敏子さん、ありがとうございます。やぶちゃんといっしょにわもん修行を楽しむ全国の友人たちには、たくさんのご助言をいただきました。心より感謝を申しあげます。
「聞けば叶う」
なにを聞けば、叶うのでしょうか?
聞いて、なにを叶えたいですか?
あなたの奥底に眠る「わもん聴覚」を目覚めさせる、心の宇宙の旅へ。
行ってらっしゃい! 
 佳き旅を。

2011年8月23日

田園出版「文屋」のメールマガジン 2011年8月21日号

【田園出版「文屋」のメールマガジン 2011年8月21日号】

みなさま、お元気におすごしでしょうか?
信州小布施。特産の小布施栗のイガは、

にぎりこぶしほどになりました。収穫
の始まりまであとひと月ほどです。
秋の恵みで活気づく小布施へ、遊びにおでかけください。
文屋のメールマガジンをお届けいたします。

【もくじ】

1.大久保寛司さんの新刊『考えてみる』
信濃毎日新聞「読書欄」に掲載していただきました。

2.大久保さんと尾角光美(おかく・てるみ)さんの講演会「美しく生きる
−つながってるよ 希望が見えるまで」が開かれます。

9月27日(火)、明治大学 駿河台キャンパスにて。

3.『考えてみる』の一節をご紹介いたします。

4.近況 9月に2点の新刊を発刊いたします。

**********

1.大久保寛司さんの新刊『考えてみる』が好評です。

ビジネスと詩が融け合った初のビジネス詩集。
幹部・社員研修や読書会など仕事を持つ大人たちはもとより、中学校の図書館
からもご用命をいただいております。「クラスや部活動での人間関係に悩む子
どもたちが、読んでいるようです」と司書の先生。

先ごろ、信濃毎日新聞の読書欄にご紹介いただきました。
http://www.e-denen.net/mass/shinmai110731.html

文屋サイトでは、「読者様の感想文」を公開しております。
http://www.e-denen.net/index.php/kangaete_review

また、ネット書店のアマゾンさんでは、「なか見!検索」で内容の一部をご覧
いただくことができます。

ご用命は文屋サイトhttp://www.e-denen.net/か、いつもの本屋さんへ。

大久保さんのご著書『考えてみる』を大勢のみなさんにお役立ていただくため
に、お近くの図書館に購入リクエストをしていただけると、幸いです。


2.大久保さんと尾角光美(おかく・てるみ)さんの講演会が開かれます。

9月27日(火)18時30分〜20時30分、明治大学 駿河台キャンパスにて。
主催は、わたしもお世話になっている中馬幸子さんの中馬企画と、明治大学死
生学研究所(金山秋男教授)です。演題は「美しく生きる −つながってるよ
希望が見えるまで」。

尾角さんは19歳で母親を自殺により亡くしました。自殺で親を亡くした子ども
をサポートする民間団体Live on(リヴォン=生き続ける)代表として、「絶望
の先にある希望」をひとりひとりに届けています。大久保さんと尾角さんの温
かくてパワーみなぎるお話が楽しみです。

会費(6,000円)の一部は、被災地の遺児支援活動に充てられます。

詳細とお申し込みは、中馬さんのサイトへどうぞ。http://www.chumakikaku.com/


3.『考えてみる』の一節(全文)をご紹介いたします。

近ごろ、とても反省すべき出来事がありました・・・ではなく、反省すべき言動
をしました。自分の不徳と小ささにより、和合を欠き、人々を傷つけてしまい
ました。大久保さんの『考えてみる』から、いまの自分の胸にいちばん突き刺
さる詩をご紹介しますね。

 「人間の幅」

人をどこまで受け入れられるか
受け入れられる範囲は 人によって大きく異なる

考え方がちがう
価値観がちがう
見方がちがう

どうしても相手を否定したくなる
相手を遠ざけたくなる

視線を合わせたくなくなる

許容範囲が狭い人は 「あいつはダメだ」という相手が増える
自分の幅が狭いと その幅に入りきらない人は多くなる

少々はみ出た人間でも
自分の幅がそれ以上に広ければ
相手を否定することはなくなる

人をどこまで受け入れられるか
それが その人自身の幅を物語る

 (木下のつぶやき)
 「反省なら○○でもできる。いつまで同じ心のレベルで右往左往しているの、お
前さん。」

4.近況

9月に2点の新刊を発刊いたします。

 『わたし、少しだけ神さまとお話できるんです。』(井内由佳・著)

 『わもん −聞けば叶う』(薮原秀樹・著)

いずれも、コミュニケーション・自己啓発・ビジネスのジャンルに入る本で
す。本の海の中で、これから末永く“別格の本”として愛され、読み続けられる
書物になることでしょう。

文屋12年の集大成であり、つぎの舞台の幕開けを宣言する書物です。

すでに文屋サイトにて、予約を受け付けております。
http://www.e-denen.net/

みなさまの、ご多幸とご健康を、祈念いたします。

小布施の「おくりびと」桐原秀雄さん逝く。感謝を込めまして。

先月24日、小布施町の斎場「きりはら心斎館」会長、桐原秀雄さんがお亡くなりになりました。享年82。

 

桐原さんは、小布施で唯一の葬儀会社の社長さんでした。長身のポーカーフェイス。面と向かってお話しすると、やさしい笑顔で受け答えしてくださいました。

 

葬儀会社のお仕事。近年、映画『おくりびと』の公開で一般の人も認識を深める契機になりましたが、映画を眺めるのと実際にその仕事に身を置くのとでは、まったく違う世界なのだと思います。

 

一般論はともかく、わたしは52年の半生で、自宅で身内5人の葬儀を体験しました。祖父母と父、そして祖母の姉と母の姉。あとの二人は、諸事情あっての異例ですから、自宅での体験としては多い方かもしれません。

 

桐原さんは、そのたびに、いつものハンサムなポーカーフェイスとあたたかな笑顔で、喪主だった父や、わたしを包み込んでくださいました。

 

「この方にお任せしておけば安心だ」と思わせる、そこはかとない安心感、包容力をお持ちの方でした。

 

父を17年前に亡くした時、地元の新生病院から自宅への遺体の搬送は、深夜の時間帯でした。桐原さんはいつもの淡々とした物腰で、自宅の仏前まで、父親を運んでくださいました。翌日から始まる一連の法要の流れを、”初心者”のわたしにもわかりやすく、教えてくださいました。

 

仕事なのだから・・・と言ってしまえばそれまでですが、家族経営の桐原家にとって、深夜でも休日でも、いつお呼びがかかるともしれない日々を察するだけでも、毎日のたいへんさが、想像できます。もとより、「おめでたい」といわれる大往生の死だけではありません。

 

桐原さんの奥様、娘さん、息子さん、みなさんに、よくしていただいております。桐原秀雄さんとご家族にいただいたご恩に、感謝しております。ありがとうございました。どうぞ安らかに、お休みください。

 

桐原さんの告別式は、あす24日午前11時から、きりはら心斎館にて。

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