文屋

過去のブログ

2011年6月9日

株式会社ISOWAの社長・磯輪英之さん 講演会in大阪。

8日(水)は3時半に起きてメールの送信と出張の準備。5時前から野良着に着替えて、自宅の庭と栗園35アールに葉面散布剤を散布しました。光合成を促進するアルコール系の自然由来の液「ソットコール」です。散布中に朝陽が上がりました。いっせいに太陽に向かって背伸びをするような新緑の葉っぱたちが、うれしそうでした。

 

機材や軽トラを洗って片付けるまで2時間半。それからシャワーを浴びて、着替えて、妻・朝ちゃんの車でJR豊野駅へ。きょうは、株式会社ISOWAの社長・磯輪英之さんが、大阪商工会議所のセミナーで講演をなさいます。その取材のため、聴講をお許しいただきました。

 

http://www.isowa.co.jp/

 

長野駅から中央線の特急しなのに飛び乗って、名古屋駅へ。名古屋駅ホームで、千葉の市川市から着いていた編集者の中島敏子さんと合流。新幹線で新大阪駅へ。地下鉄で、大阪商工会議所のある会場へ。

 

http://www.kigyoka.jp/

 

会場には20人ほどの受講生が集まっておられました。

 

磯輪さんの演題は「世界一社風のいい会社を目指して」。

 

スコラ・コンサルトの創業者・柴田昌治さんの著書『なぜ会社は変われないのか −危機突破の企業風土改革』に出会ったことから、会社の風土改革に取り組んできた歩みを、具体例を挙げて語られました。

 

「氷山モデルの海面より上=目に見える組織能力・ポジショニング・業績は、海面より下=会社の風土とその元にある理念という目に見えない(見えにくい)部分の結果・成果であること。経営理念がすべての元であり、ぶれない主軸である。そして業績も目的ではなく、理念を叶えるための手段(財源)にすぎない。」

 

「会社の課題を解決するために、自主的に集まって議論を重ねるオフサイト的なミーテイングが、ISOWAでは盛んです。みんな、好きでやってくれている。みんなが真剣に、楽しい話し合いをしてくれています。考えて議論して、考えて・・・具体的な成果よりも、社員たちに考える習慣が身についてきたことが、いちばんの成果であり、社長としてもうれしいことです。」

 

「風土改革は地道な継続が必要で、しかも目に見えにくいもの。結果を求めずに続けることが大事です。トップが上意下達で命じて、すぐに結果を求めるのと、社員が自主的自発的に取り組んでトップが結果を求めないのとでは、過程の楽しさが違います。結果として、成果にも大きな違いが表れてきます。」

 

6年近く、ブログ『磯輪日記』を書いています。社外の人も見ることができます。会社のことも、家庭の私的なことも、何でも書きます。毎日夕食後、欠かさずに。2時間以上かかることもあります。自分に素直になって書き続けることで、社長である私自身の“見える化”になっています。社長というのは、仕事も暮らしも見えにくいものです。ほかに、メールニュース(毎月A4で10枚ほど)を発行し、月1回の全体朝礼では30分間、語ります。ブログは家族も読んでいます。」

 

ブログ『磯輪日記』http://blog.goo.ne.jp/h_isowa/

 

「社長の私の価値観が変わることが、風土改革にとって不可欠でした。風土が変わってきた結果として、経営の内容も変わってきました。」

 

「先代や先輩など過去への否定ではなく、先輩たちへの感謝の気持ちを持つことの大切さを、実感しています。」

 

「考えることの大切さ。社員満足度調査という手法があります。専門の業者に依頼すればそれを測るのは、簡単です。しかし私たちは、満足度を測るのではなく、『ISOWAにとっての社員満足とは何か』というテーマで、みんなで真剣に、楽しく、時間をかけて、何回も、議論を重ねました。そうした考える過程を、大切にしています。」

 

「自分が正しいと思いすぎないこと。正しいと思いすぎると真実が見えなくなります。私に合ったリーダーシップを、磨いていきたい。」

 

以上は、私のメモから引いた磯輪さんのお話の一部です(文責は木下)。

 

磯輪さんのご著書の取材・編集が本格化するのは、今秋以降になります。私どもがいつも心がけている編集方針は「応用可能性」です。読者様が読みながら、ご自身の暮らしや働きに応用できるのかどうか? 応用の度合いは浅いのか深いのか? 短期的か長期、永続的か? その視座からきょうのお話も伺いました。

 

この本が出ることで、ISOWAの社員のみなさんにとってはもちろんのこと、広く末永く、一般のみなさんにも「応用可能」でお役に立てるものにしたいと思います。

 

終了後、近くの和食のお店で、磯輪さんとISOWA大阪営業所のみなさん、兵庫県三木市の湊紙器株式会社社長・鈴木正純さんらとの会食に、参加させていただきました。磯輪さん、ごちそうさまでした。

 

鈴木さんからは、「評論家になるな」という表現について、興味深いお話を伺いました。

 

「よく、評論家になるなといいますが、評論できるということは、問題点が見えているということです。問題点さえ言えないようではだめです。だからまず、問題意識を持った評論家になること。問題を見据えたならば、次の段階として解決に向けて実行することが大切です。」 ・・・なるほど!

 

大阪営業所のみなさんは、所長の矢野裕和さんをはじめ、明るい雰囲気がいっぱいでした。

 

ある社員さんからは、「自由にものが言える雰囲気です。目上の人にもジャンジャン言える。言いたいことを言って、あたって砕けろと思える雰囲気が、ISOWAにはありますね。」

 

すかさず、お得意先の鈴木社長が「うん、それがISOWAの風土だね。でも、言葉遣いは気をつけたいね。目上の人への言葉や態度は、けじめをつけることが大事ですよ」ときっぱり。こんなことを言っていただける営業マンたちの、普段のいきいきとした、お客様に可愛がられる仕事ぶりが、目に浮かぶようでした。

 

磯輪英之さんと株式会社ISOWAの社員のみなさんに出会えた幸福を、どんな書物として世に出していくのか? これから1年半ほど(?)、じっくりと楽しみたいと思います。みなさん、ありがとうござました。

 

宴の後、株式会社スコラ・コンサルト社長の高橋秀紀さんと新大阪駅へ。名古屋駅で下車して近くのホテルに宿り、翌9日朝、帰途につきました。

 

上の写真は、ISOWA大阪営業所の藤森友之さん。

  

「風土改革が始まった当初、勤務時間外に、給料(残業代)も付かなかったのに、みなさん、よく会社業務のことを真剣に話し合いをしたものですね。どうしてできたのですか?」との聴講者のご質問に答えて。

 

「人生、目が覚めている時間の多くの時間を使う仕事が楽しいかどうか。それは、自分の人生全体の価値を左右する大切な問題です。だから、たとえ勤務時間外であっても、好きな会社のことを、好きな仲間たちと議論して、考えを深めるのは、ごく自然なことです。」(文責:木下)

 

その明快な答えに、会場からは「ふ〜・・・」というような感嘆の、声にならない声が。

 

私は、藤森さんの回答の中身はもちろんですが、磯輪社長に答えるようにうながされた藤森さんが一瞬、「え? 質問の意味、よくわからない・・・」というような表情を浮かべたことに、関心が向きました。

 

なぜかというと、自社であまりにもあたりまえになっていることについて、「なぜですか?」と問われても、その企業風土の中で自然にやってしまっている人にとっては、とっさに理由など見つからず、回答に困ることが多いからです。

 

道路に落ちているゴミを無意識に拾っている人が、理由を聞かれて・・・「え?」と思うのと、似ているように思います。

 

みなさん、おせわになりました!

 

★この講演会についての磯輪さんの「磯輪日記」です。

http://blog.goo.ne.jp/h_isowa/e/341cb20a184827de986cbc5c45fd9f80

2011年6月10日

小布施deカントリーウォーク2 西部農村部 発刊記念の宴に参加しました。

小布施町が発行した「小布施deカントリーウォーク2 西部農村部編」を記念する宴が、10日夕方、開かれました。

 

会場は、小布施町大島のご自宅で竹節志げ子さんが営む民家食堂「まあどれ静」。呼びかけ人は、持田篤雄さん、葦澤義文さん(玄照寺ご住職)。町長の市村良三さんをはじめ、制作を担当された絵地図師・散歩屋の高橋美江さんなど、この企画に協力したみなさんが参加されました。(私は、おはずかしながら、口を出しただけで、汗をかいておりませんが・・・)

 

【写真下】葦澤ご住職と持田さん(右)。酩酊しておれらます(汗)。

 

この絵地図は、小布施町の北部地区を描いた「1」につづくもので、福原、大島、林、山王島と私の暮らす飯田を含む西部農村部が「2」。そして現在は、東部地区の「3」の制作が進行中です。

 

A2判両面カラーの大きな地図ですが、miuyra-oriという折り方で、瞬時にA7判の手のひらサイズに折りたたむことができます。

 

高橋さんが一年をかけて東京から小布施に通い、丹念に取材し、仕上げてくださいました。

 

【写真下】葦澤ご住職と持田さんに囲まれる高橋さんです。

↑ はい、たいへんな盛り上がりですね。 ↑

 

中華のお料理をすべて一人で作ってもてなしてくださった竹節さんは、文屋から『マードレの田園レシピ』を発刊しておられます。

 

http://www.e-denen.net/syoseki/madre.html

 

6月26日(日)夕方、初版の完売と増刷の完成をお祝いするお話の会と記念パーティーが、まちとしょテラソと公民館講堂で開かれます。みなさん、おでかけくださいね。

 

【写真下】参加者に挨拶する竹節さん(奥、立ち姿)です。

 

【写真その下】仕上がった絵地図の内側です。飯田区には、「文屋(出版)」「美日常」「オープンガーデン(木下家)」との表記も。境内アート小布施×苗市も紹介されています。

 

この地図のお問い合わせは、小布施町役場の産業振興グループ(026-247-3111)へどうぞ。

 

・・・では、これからの小布施はどこを目指すのか? どこへゆこうとしているのか? 思索と語らい、具体的な行動を、みんなで、そして独りで、楽しんでまいります。

 

あす11日朝は6時から、玄照寺さんの「どんぐり千年の森」で、雑木林の下草刈りに、仲間と汗を流します。

 

miura-oriの公式サイトはこちらです。

http://www.miuraori.biz/hpgen/HPB/entries/2.html

2011年6月13日

文化事業「お肴謡」ってなんだろう?が、楽しく終了。新たなスタートです。

11日(土)、小布施町公民館講堂で、文化事業「『お肴謡』ってなんだろう」が開かれました。小布施町が文化庁の助成を受けて昨年から取り組んでいる一連の事業の一つです。宴席で江戸期、あるいは明治期からこの地で行われているお肴謡の歴史や内容を調査したり、謡の練習をしたり、「能と農」の視点から日本人日本文化の深層を探り、その成果を全国・世界へと発信していくのが目的です。

 

町立図書館「まちとしょテラソ」が事務局となり、研究が進められています。謡全般の指導は、宝生流シテ方の能楽師、佐野登先生と、コーディネーターの佐藤華名子さんです。私たち文屋は、調査・研究・保存と発信について、お仕事としたまた、一住民として参加させていただいております。

 

11日は約80人がご参加くださいました。二部構成で14時半から、佐野先生と佐藤さんによるこの事業の趣旨や今までの実績、今後への期待・夢などのプレゼンテーション。

 

そして、「お肴カフェ」と題して、いわゆるワールドカフェ方式で4人から6人の小グループで意見交換をしました。15分間の語らいの後、進行と書記役の一人を残してメンバーを交代。それを3回、計45分間行いました。能楽やお肴謡について、全員参加で語り合ったことにより、今後の研究課題や将来への見通しが出てきたように思います。

 

私たち文屋のお仕事はこれからです。映像としての編集とDVD、それに紙媒体の前段階である文字データの制作まで、集中的取り組みます。

 

【写真下】第二部の参加者全員によるお肴謡のデモンストレーション。ギネス級?!

第二部は、同じ会場で実際の宴会を行いました。お酒は地酒。お料理は、『マードレの田園レシピ』(文屋)の著者で、民家レストラン「まあどれ静」のご主人の竹節志げ子さんの、旬の地場野菜と愛情たっぷりの手料理でした。

 

佐野先生のご指導を受けている地元のみなさんによる、お肴謡の実演や、参加者全員によるデモンストレーションが行われ、その合間に、語り合いを楽しみました。

【写真下】準備から運営、後片付けまで、事務局役を全うしてくれた、まちとしょテラソのスタッフ、北澤裕子さん(左)と松谷由紀さん。ありがとうございました。

一部の後半には、台本にはなかった佐野先生の仕舞いと佐藤さんの謡の披露、二部のデモンストレーションでは、二回にわたって佐野先生みずからによるお肴の小謡。一流のプロによる本物の芸能を堪能いたしました。

 

【写真下】佐野先生は奥の列の左端(写真中央)の和服の方です。

いくつもの気づきと学びをいただきました。

 

・事前準備を周到に行うべきこと。スタッフの確定と役割分担、当日までの準備工程、前日と当日の運営日程、準備品や準備項目の整理と確認。こうしたものごとをまとめた表を作り、スタッフ全員が共有すること。本来は私がなすべきことの多くを、佐藤さんに担っていただきました。今回の学びを、次回以降に生かして、みなさんに安心して携わっていただけるようにしてまいります。

 

・掃除の徹底。公民館講堂の舞台は、大変汚れていました。掃除機とぞうきんで、前日の準備時間に、きちん磨いておくべきでした。当日になって気がつき、みんなできれいにしたので間に合ったのですが、こうしたことはゆとりのある前の日までに済ましておくべきですね。

 驚いたのは、佐野先生のお姿です。会場に来られ、私たちが掃除をしているのを見るや、みずからぞうきんを持って、舞台を磨き始めました。みんなが、もういいかなと思って手を休めても、結局は最後まで床を磨いていたのは、佐野先生でした。

 「一流の人は謙虚です」というお教えを、目の当たりにさせていただきました。

 

・お肴謡は、宴席で、その場に居て仲間と楽しめることや相手への感謝、ねぎらいの気持ちを表して、「座の決まりをつける」のが狙いです。「お肴謡がすんだらはじめて、裃(かみしも)を脱いで、楽座で和気藹藹(わきあいあい)と談笑できる」といわれています。

 宴席の決まり、感謝、歌・謡・唄・・・これを世界の民俗・文化の視点から、文化人類学的に見たら、どんな世界が広がるのでしょうか?

 お肴謡は、松代藩(現在の長野市松代)の発祥であり、「北信流」あるいは「松代流」と呼ばれるように、信州の北部の一部でのみ行われています。ですが、世界の文化に視界を広げれば、これと共通する性格の風習はたくさんあるように思います。

 この視座からの調査研究を行う拠点に、小布施町が成ることもできるでしょう。そう考えると、わくわくしてきますね。「世界お肴謡サミット」なんて、やりたいですね。・・・世界のお酒が飲めそうです!

 

以上、報告を終わります。私は当日までの無理がたたって、途中から熱っぽくなり、片付けたあとの懇親会をご遠慮してしまいました。みなさん、申し訳ありません。

2011年6月17日

特産・小布施栗の花が満開です。下草刈りに快汗を流しています!

梅雨まっさかり。小布施では、特産の小布施栗の木々がいっせいに、花を咲かせます。

 

文屋の栗園でも「文屋まろん」の木が、雌花をたくさんつけてくれました。秋の収穫が楽しみです。

 

まだ雪が積もっている冬2月のせん定から、栗園の仕事は始まります。春先の殺虫殺菌剤の消毒。葉が出れば、自然由来のアルコール系の光合成促進剤の散布。地面には「糖」を散布します。

 

そして今の季節は、下草刈りです。根元の草は,草かきで取り除きます。きれいになった根元に、稲のわらを敷きます。

わらは、昨年秋に文屋の田んぼで収穫したお米のわらを、秋のうちに畑に運んで積み、シートをかけて保管してあります。

 

上の写真がそのわらです。右にいるのは妻の朝ちゃんです。顔面に日本手ぬぐいを巻いているのは、ほこり除けと日よけのためです。悪い人ではありません。こわいけど。

 

ひと冬を越したわらは、下の写真のように、土着菌による発酵が始まっています。黒い部分です。よく見ると、白い粉のような菌がたくさんついています。

1本の根元にわら4束を井桁状に並べます。1年もすれば、とてもいい土に変身します。土壌菌とミミズさんが、分解してくれるのだそうです。

 

発酵は、あるじの私が寝ているときも、飲んだくれているときも(いま、断酒中ですけど)、なにしているときも、だまって、しゅくしゅくと進みます。有り難いことです。

 

わらを並べ終えた栗園は、すごく美しいです。

 

また下草が伸び始めていますので、来週には、乗用草刈り機で、きれいに刈り取ります。

 

この畑は、美味しい栗の特産地・小布施の中でも、とても恵まれた土壌がある特級クラスの地域にあります。小布施は、かつては氾濫のたびに強い酸性の砂をもたらした、松川の扇状地です。この畑はその扇状地にあります。

 

くわえて、この畑のある地域は、千曲川の氾濫によって肥えた土壌がもたらされました。肥沃な千曲川と、酸性のやせた松川の砂地。洪水のたびに交互に地層を形成した上に、この地域は成り立っています。

 

栗にぴったりの土壌。日当たりがよく、雨が少ない(年間900ミリ。東京/全国平均は1500ミリ。信州は全国で46位の少雨地帯)。さらには、600年という長い年月に積み重ねられた栗栽培の技術、誇り・・・それらの集大成が、小布施栗のブランドなのですね。

 

この畑に恵まれたことを、幸せに思います。大切なブランドの一端に携わっていることに、ちょっと緊張もします。 

2011年6月26日

”まれ人みな北斎”トーク!のこころ

企画段階の要点メモを記します。くわしくは、当日、現地で、ライブの迫力とともに、体感するのがいちばんです。

・小布施の資源は人。人の活力源は交流。小布施は交流の町。内外、内々の交流による活力が原点。

・交流の町小布施。そのシンボルは、江戸末期に小布施人が迎えた画狂老人・葛飾北斎との交流。

・葛飾北斎を表す言葉。
外の人、奇の人、狂の人、美の人、超の人、越の人、発の人・・・
いますぐの経済効果をもたらしてくれる「金の人」ではなかった。
それなのに150年を経た今も、文化・経済効果、なによりも誇りや美学をもたらしてくれている。

・交流のシンボルとして、ほかでもない「北斎」を仰いでいる小布施という町の特異性。
やっぱり、どこか変だよ、この町は。
でも、これからの小布施に、ほかの土地の未来に、なにかヒントがあるんじゃないか?

・たしかに北斎はすごかった。北斎を迎えた小布施人もあっぱれでした。
でも、原点に立ち返れば、訪れ人とは「音連れ人」。
外の人はみんな、外の音をもたらしてくれる貴重な存在。
よって、小布施人は、年間120万の来訪者=まれ人(客人)を全員、北斎と見立ててみよう。
これが「まれ人みな北斎論」。
この大胆な見立てを鍵に、小布施のこれまでといまとこれからを解き明かしてみたい。

・出会いありがたし。「ありがたい」は、Thank youにあらず。有り難し=It’s miracle.

・そんな夢想から生まれた、前代未聞の初トークです!!

・出演は、”交流”を主軸にした町政を運営する小布施町町長・市村良三さん。
市村さんは小布施に生まれ育ち、東京の大学と大手企業勤務を経てUターン。市村さんによる小布施のまちづくりの主導ぶりは、ご存じの通りです。
花井裕一郎さんは福岡生まれ。映像作家として、東京を拠点に、世界を舞台に活躍したのちに小布施を選んでご家族で移住。2年前からまちとしょテラソ館長を務めています。
そして、長野県の大町に生まれ、志賀高原を経て小布施に根を張る本日の主役・竹節志げ子さん。
生粋の小布施人の市村さんと、“今北斎”の小布施人・花井さんと竹節さん。
この3人のトークと会場のみなさんとの交歓が、どんな化学反応を生むのか?!
OH! It’s miracle! それは、来た人にしかわからない!

«  2011年6月  »
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

アーカイブ

image