文屋

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2002年11月7日

「はつかり」とお別れしました

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十和田湖町での講演を昨夜終えて、町職員の野月明久さんに車で90分以上かけてJR三沢駅近くの宿に送っていただきました。野月さん、ありがとう。翌7日の朝、宿から歩いて2分の駅へ。
三沢発9時28分の「はつかり8号」で盛岡へ向かいました。「はつかり」は今回の新幹線八戸駅開業により長いお役目を終えます。新聞によると、「はつかり」は戦後復興期から高度成長期へと発展した日本を人的に支えた東北地方と、東京・上野を結ぶ夢の列車であったのだそうです。お別れまであと3週間あまり。わたくしにとっては見納めとなる乗車でした。北への旅を歌った小林旭さんの歌声を思い出しました。ご苦労様、おつかれさまでした。
盛岡発11時04分の新幹線やまびこ10号にて13時36分、東京着。
7日夜は、東京の一新塾でミニ講演のあと、22時08分東京発の新幹線あさま最終便で帰宅しました。風呂あがりのホットミルクが心身をなぐさめてくれました。

2002年11月6日

青森県で講演をしてまいりました

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5日から7日まで2泊3日で青森県十和田湖町に出張しました。目的は、基調講演とパネルディスカッションのコーディネーターをするため。12月1日に東北新幹線が今までの盛岡駅から八戸駅まで延びて、青森県に初めて新幹線が開業します。十和田湖町は十和田湖や奥入瀬(おいらせ)渓流などを抱える観光地として、この開業を機にさらに発展を、と企画されました。
わたくしは「十和田湖地域と美日常のまちづくり−信州小布施の実体験から」と題して講演。そのあと、5名のみなさんと一緒に議論しました。
会場には130名が集まり、質問も活発に出されました。
(社)日本観光協会の観光アドバイザーとしての派遣。緊張しましたが、早朝観光ガイドや畜産業など、すばらしい活動をされている方々と懇親を深めることができ、得がたい体験でした。

2002年11月5日

薪(まき)はこびをする荒野です

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荒野がストーブの薪運びをしています。
路地に面した物置の壁に積んであるのは、りんごの薪。昨年末から今年の春にかけて、隣村の伊藤さんというおじさんからいただいたものです。畑から軽トラックで運び、太い薪は「まき割りかあさん」という愛称の油圧式薪割り機を使い、家族総出で割りました。この時ばかりは、「キリギリス」の気分になったものです。
足元の布袋に山盛りで3杯くらい、毎日使います。おかげで、夜中もぽっかぽか。電気毛布を使わずに寝ています。薪運びは3人の子供の役割です。

2002年11月4日

「文屋文庫」、心を込めて包んでいます

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「文屋文庫」の第一巻「小さなまち、たがやす人」。おかげさまで好評です。
地元の方も買われますが、とくに目立つのが長野市や県外のみなさんが、”おぶせみやげ”として求められていること。まちづくり先進地、という意味もあるのでしょうが、おいしいお土産に加えて、おもしろいお土産、ためになるお土産を、という声も聞きました。
あーそうですか!ということで、わが家では急きょ家族会議!!
「ではお土産仕立てでまいりましょう」ということになり、本を白い紙の帯でまいて包み、帯の上に「信州おぶせ 銘書 ぶんや」の特注ハンコをペタン!
写真は、みんなで和気あいあいと、ペッタン+包みのお仕事中。
初版の本にはもれなく、栗園を撮ったオリジナル絵葉書をプレゼントしています。
右から母信子、長男真風、妻朝子、長女星河。次男の荒野はサッカーの試合でした。

2002年11月3日

私の散歩道、ご紹介します。文化の日、日の丸。

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今、松岡正剛さんの編集学校で学んでいます。
課題に「3つのカメラ」文体術というお稽古があり、「私の散歩道」のテーマが課されました。その文章を掲載します。気に入っている、わが家の裏の散歩道です。ではどうぞ。
          ***************
縦に伸ばしたSの字を二つ連ねたかっこう。片道150メートル。二階の窓から見おろす。最初のSの字の頭のあたりから、路面は果樹園の枝葉におおわれて、見えない。
夕方1時間の自転車トレーニングのあと、たそがれ時。この道をゆっくり往復する。ほてったからだと、きもちを、静める。
今はしがない農道。明治の初めまでは、海のある村と行き来する、主役の道。軽トラック1台分の道幅。舗装されている。
窓から見えた枝葉は、栗の古木のもの。この村の特産品。今が熟れどき。毬と弾けた実。よけながら歩く。栗園を抜ける。林檎の若い木々が並ぶ農園にいたる。
はらりと目の先が広くなり、夕焼けなごりの北西の空に、妙高山が望める。あの山に登れば、海が見える。
右手にはとりいれを終えた桃の畑。葉はしっかりと、まだ、緑色。来春に備えた光合成。木の温みを感じる。
ジャージにスニーカー。大またに、深呼吸。ゆっくり5分。舗装の道は終点になる。Y字に分かれた先は、両方とも、土と草のがたがた道。ここで引き返す。
左手。海の村へ通じるほうの道から、腰の少し曲がったばあ様がやってくる。とぼり、とぼり。野良着。たぶん、村の顔見知り。
海のばあ様かも。道のむかしが、そう思わせた。
ひき帰してほどなく、家の灯りが見える。

2002年11月2日

そよごの実がなりました赤です

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玄関を開けた左手に昨年春、そよご(冬青)の木を植えました。図鑑によると、モチノキ科の常緑低木。風にそよいで硬い葉が音を立てることから、この名があるのだそうです。「冬青」のとおり、まもなく雪が降るというのに、楕円の葉は緑のままです。
おもしろいのは、雄雌異株ということ。雄の木と雌の木があり、隣り合わせて二本植えると、夏に咲く白い小花が受精して、秋に実を結ぶのです。近所の造園屋さん(持田造園さん)に母親が、どんな木を植えようかと相談したとき、「若夫婦が仲良くくらすように」と願って求めたのだと聞いて、いまだに心配をかけているわが身を恥じたしだいです。二本の木、とっても仲良しのようで、赤い実は直径1センチほどに成長しています。写真中央に、見えますか?
きっと、鳥がつつきに飛んでくることでしょう。

2002年11月1日

甘〜い渋柿、いかがですか?

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庭にある一本の柿木に、今年もたくさんのオレンジ色の実がなりました。渋柿です。
母が手にしているのは、渋柿の渋を抜いた甘い柿。35度の焼酎を柿の実の先にちょっと付け、10日ほどすると、渋が抜けるのです。なぜか?知りません。とにかく甘い。ビタミンC丸かじり、という感じです!
渋柿は窓辺につるして冬の間に乾燥させて、干し柿にしても楽しみます。
おいしいお話でした。

2002年10月31日

田んぼのわら上げをしました

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快晴、秋晴れ、無風。あったかな一日でした。
わが家には、小布施町の北に広がる延徳田んぼという広大な水田地帯に、15アール(1反5畝)の田んぼがあります。15メートル×100メートル、です。
代掻(しろか)きから田植え、稲刈り、乾燥まですべて生産組合に委託しているのですが、それでも草取りや水の管理はやる必要があります。昨年あたりから、妻の朝子が母親の手ほどきで、じょじょに水田担当に。今年は80%以上の水田の仕事をこなしてくれました。
収穫のあと、最後に残るのがこのわら上げ。6つの束をひとつにまとめ、軽トラに積み、二つの畑へ。わらはりんご、栗、野菜などが育つ畑の肥やしになります。
9時30分から15時までかかりました。お昼とお昼寝は田んぼにて。気持ちよかったです。
遠くに見えるのが北信五岳の山並み。もう一部は雪化粧していました。

2002年10月30日

北信濃小布施映画祭が開かれます

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11月30日と12月1日の2日間、小布施町で初めての映画祭が開かれます。名前のとおり、小布施を会場に、北信濃一円の人々によって運営されます。29日夜、町商工会館に30名ほどが集まり、ミーティングが開かれました。
話題の「阿弥陀堂だより」「うつくしい人生」「野菊の如き君なりき」など、9本が上映されます。チケットは一日券1,500円。わたくしも実行委員にならせてもらいました。ご用命ください。
詳しくは、http://www.icon.pref.nagano.jp/usr/araobuse/の公式HPへ(まだ掲載されていないみたい)。
写真は29日のミーティングの光景です。面白い仲間が増えました!

2002年10月29日

志賀高原に雪が降りました

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北風が寒いと思ったら、志賀高原に雪が降りました。志賀の友人によると、冬用タイヤをもたないお客さんによるキャンセルが続出したとか。でも本格的な雪にはまだひと月ほど間があるようです。
仕事場の窓から見える志賀の上のほうは雪化粧。写真左の高社山、右手の雁田山の順に白くなり、そのあと小布施の里も銀世界に。それまでに、特産のりんごフジの取入れがあります。わが家では、田んぼのわら上げを11月中に行い、今年の野良仕事を終えます。
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