文屋

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2002年12月7日

子供に小言を言い続ける小物の大人

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「男親は少々間の抜けているくらいがいいんだよ。黙ってみていればいい。日本海へ車を飛ばして、沈む夕陽を眺める。砂浜で黙って。たまには気を抜いて、ゆったりしなよ。大らかにな」。6日昼過ぎ、お茶を飲みながら、Yさんはわたくしに言いました。
いい面を見つけたりほめたりするよりも、だめな面や失敗を見つけてしかる、怒る、怒鳴る。そんな自分の一面にほとほといやけがさしていたときだけに、すずしい風が汗の額をなでたような気分になりました。小言は小物の証明、ですよね。深呼吸して遠くを眺めてみます。

【今日の写真】さて今日の写真は、わが家の入口にたたずむ石の祠(ほこら)と娘の星河です。この祠をうちでは、「屋敷神(やしきがみ)さん」と呼びます。江戸後期の作。京都の伏見のお稲荷さんのお札をまつってあります。なぜお稲荷さんなのか?それはなぞですが、この土地が昔から「狐橋(きつねばし)」という小字名であったことと関係があるのかもしれません。そう、狐のお稲荷さん、ですね。
わたくし、この「狐橋」の地名がたいそう気に入っております。この村の中世の豪族の広大なお屋敷の入口がこの土地だったそうで、見張り役が駐在していたとも教えられました。
わが家では、毎朝ご飯とお水を上げてお参りするほか、出かける前とあとには一礼して、交通安全とよき出会いをお願いします。
先のYさん、今年3月に大きな事故にあい、2か月間も意識を失っていたのだそうです。「すべてを振り出しにもどす出来事でした」と語るYさんの3人の子育て談に聞き入った昼下がりでした。

【今日の一句】「淡き陽を 芯に抱いて 霜の薔薇」
「全身を 陽のいけにえに 冬薔薇(そうび)」

2002年12月6日

ブランドとは?玉村さん、語る

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うす曇の、少し風の強い日でした。
午後3時すぎから小布施の十方庵にて、玉村豊男さんの講演会が開かれました。演題は「これからの時代に通用するブランドとは何か」。八十二銀行小布施支店開設20周年記念の事業です。100名ほどが聴講しました。
東部町の標高850メートル、1万坪の南斜面で、ワイン用の葡萄や野菜を栽培し、文筆と絵筆による創作を続ける玉村さん。「食」と「農」は小布施のいちばん関心のある課題であり、その暮らしの志に、わたくしもひきつけられるものを感じています。
「その村でしかできないのに、世界中のみんなが知っている農産物」「出自、どこのだれが作ったのかが明らかな安心感」「情報化された新しい農業」「ブランドを支える人間力」「変わりつづけることで変わらないブランド」。たくさんの鍵言葉を授かった85分間でした。
「ある人が植えた葡萄の木がもっともおいしい葡萄をならせるころに、その人はこの世に居ない。つぎの人がその葡萄とワインを楽しむ。まもなく葡萄の木は寿命をむかえ、新しい苗が植えられる。新しい苗が一人前になるころ、植えた人の子や孫がようやく、成熟した葡萄を味わう。人と木の命の重なり合いによる永続」。農業の深い魅力を、玉村さんは語って、締めくくられました。
「5反歩の農地の土に自分ももっと親しもう」と思い、また「ブランドと文屋文庫」について、我田引水的に思い巡らしました。玉村さん、ありがとうございました。
玉村さんの今日のご講演は、『文屋文庫』として発刊される予定です。ご期待ください。

【今日の一句】「まっすぐに 寒の蝋燭 すっくと燃ゆ」
朝の神棚に立つ蝋燭(ろうそく)が、頭に橙(だいだい)の炎をかかげて、直立。

2002年12月5日

母68歳の誕生日です

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うす曇の一日でした。
今日12月5日は、母・信子の68歳の誕生日です。
母は昭和9年、小布施町山王島という、わが家の北隣のむらに生まれました。
お父さん(わたくしのおじいちゃん)は千曲川を行き来する舟の大工をしていたそうです。母は二人姉妹の妹。地元の中学校を終えて須坂市の洋裁学校へ。修了後は東京大田区に暮らし、2年間、洋裁の勉強をしながら洋服店に勤めました。そのうち縁談の話が出たところ、お父さんに「そんな遠くへは嫁にやらない。帰ってきなさい」と命じられて帰省。
24歳のときにわたくしの父・敏夫(7年前、68歳で逝去)と結ばれ、25歳の3月、長男・豊が生まれたわけです。
母の服装やモノ選びのセンスはなかなかなものですが、きっと東京でファッション界のはしっこに身を置いていたことが好影響を及ぼしているのではないかと察します。
今晩は、若夫婦と孫3人に囲まれて、妻手作りのチーズケーキを囲んでお誕生会を開きました。ささやかだけど、薪ストーブのぬくみも手伝って、いい感じでした。
いつまでもお元気で!

【今日のお仕事】『小さなまち、たがやす人』販売準備。玉村豊男さんにメール。信州名匠会会報『たくみ』新年号の打ち合わせ。

【今日の一句】「ひとつだけ 冬陽におよぐ 林檎玉」
「その土に いざ還りなむ 栗落葉」
拉致の日本海から千曲川へ、鮭の帰還を願って
「連れ去りの海より 赤き鮭還る」

【今日の写真】(1)母のお誕生会(光不足、すみません)
(2)夏にフローラルガーデンおぶせで開いたパーティーに参加した長野高専
の留学生たち。中央の男性はベトナムのミンさん。コンピュータソフトを学ぶ3年生です。8月初旬、わが家では彼と一緒に新潟の海へ遊びにいきました。

2002年12月4日

玉村さんの講演会、楽しみです

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狐の嫁入りの雰囲気の昼のしぐれ。光のシャワーのようでした。
野沢菜漬けの季節です。母は、育てた野沢菜を一昨日収穫して今朝まで日向干し。午前中に「お菜洗い」をしました。風呂の洗い場でぬるま湯をシャワーから大きなたらいに出して洗っていました。午後には漬け終わりました。わたくしはただ見ていました。
今年は「やわらかい品種の野沢菜」の種を買ってまいたのだそうです。できばえが楽しみです。
田園の豊かな暮らしを実践している玉村豊男さん(写真)の講演会が6日に小布施で開かれることは昨日書きました。玉村さんは近く、ワイナリーを開設します。りんごのお酒シードルも造られるのだそうです。
わたくしは、玉村さんの絵も好きです。写真は「リュクサンブール公園のティータイム」。こんなお茶のお店が小布施町にあればいいなと、思います。
玉村さんのホームページはhttp://www.villadest.co.jp/です。訪ねてみてください。楽しいですよ。今日の写真は2枚とも、このHPから拝借しました。

【今日のお仕事】NIFC会報校正。『小さなまち、たがやす人』営業で、須高ケーブルTVの丸山部長を訪ねる。旅行会社KEIトラベル社長の芋川恵子さんと打ち合わせ。

【透玄 今日の一句】「冬の陽の泥に鰌の丸く寝る」(鰌はドジョウです)
お座敷の家系図の掛け軸にお日様がほんわかと
「家系図に末広がりの冬陽かな」
茶色になって散る数秒間に、栗の葉はなにを思うのだろうか、と考えて
「枯れるとは 腐るとは何 栗の苑(その)」
葉っぱは無心、こんなことは思っていないのでしょうかね。

2002年12月3日

12月6日、玉村豊男さんが小布施で講演されます

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あたたかな一日でした。
お知らせです。
玉村豊男さんが6日午後3時15分から5時まで、小布施町の「十方庵」にて、講演をされます。演題は「これから通用するブランドとは何か」。八十二銀行小布施支店の開設20周年を記念する催しです。入場無料。前もって同支店026-247-5682へご連絡を。
玉村さんは、長野県東部町に農園ヴィラデストを経営。田舎暮らし、リゾートオフィス、ライフスタイル論など幅広い分野で執筆をされ、静物画や風景画にも定評があります。お得意の「農」と「食」を中心に、地域活性化まで、おもしろくてためになるお話を期待したいです。
確定ではないのですが、この玉村さんの講演録が、「文屋文庫」に加わることになりそうです。来春早々にでも。ご期待ください。

【今日の仕事】長野国際親善クラブ会報校正。『小さなまち』の営業活動。集金。『オープンガーデンブック2003』の第1回編集会議(町経済課の西山課長、田中助一さんと)

【今日の一句】「落葉焚き往生際の炎かな」

【今日の写真】この夏、長野高専へのマレーシアとベトナムからの留学生を迎えて開かれたガーデンパーティー(フローラルガーデン小布施にて)。来年秋には、全国のガーデニングに熱心な自治体によるサミットが、小布施で開かれます。

2002年12月2日

庭の冬支度

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一日中、薄日のさすあたたかな日でした。
庭に生い茂ったアイビーのつるの一部を、母が刈りこみました。石畳の通路の両側のアイビーは、刈りこんでおかないと雪片付けのときにつるが雪にまとわりついて大変なのです。
アイビーからふと目を上げると、四季咲きの薔薇が一輪。直径4センチほど。ほとんど白に近い薄いピンクの八重の花。木枯らしの吹くこの時期まで、咲いてくれるのはうれしいけれど、人間のために寒さをこらえているように見えて、ちょっと切なかったです。

【今日の一句】「ひざまずき 陽に透かしみる 冬の薔薇」
【今日の写真】秋の庭片付けの様子です。
【今日の仕事】長野国際親善クラブ会報編集、ほぼ終了。『小さなまち、たがやす人』の販売準備。塚越寛さんの本の執筆準備。
【今日のリンク】長野市在住のアウトドア活動家・美谷島孝さんのHPです。
http://www.janis.or.jp/users/tks/
トップページの「Home−page Net」から入ると、数十もの美谷島さんの友人たちのホームページが紹介されています。わたくしの文屋のHPはなんと「芸術家」のコーナーに。精進いたします。

2002年12月1日

映画祭、来年へ!

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北信濃小布施映画祭が終わりました。
約60名の町内外の実行委員が、準備やチケット販売を続け、当日二日間もボランティアを楽しみました。二日目の今日は、4本を上映。
『阿弥陀堂だより』では、なんと小泉尭史監督が東京から朝6時過ぎの新幹線でご来場。上映前にごあいさつ、上映後、サイン会までしてくださいました。
『うつくしい人生』は、小布施の隣の中野市出身でパリ在住の永田鉄男さんが撮影監督を務めた映画。南仏の田舎町が舞台です。山の古い家に移り住んで農と酪農の暮らしを始めた家族。わたくしの理想です。
『メルシィ!人生』はコンドームをつくる会社を舞台にした楽しいフランス映画。
『天国の口、終わりの楽園。』は、幼なじみの少年二人といけてる年上女性を主役にした、いけてるシーンの多いメキシコ映画。

特定の映画監督やジャンルをテーマにした映画祭が多い中で、ほとんどテーマといったものがない、かけだしの映画祭。終えてみて、この「テーマなし」という弱さが、強さ、強みにもなりうる、と感じています。ふだん映画に親しむ機会が少ない大人や子供たちに、やさしく手招きする映画祭があってもいい。1、2本、すごく難解な、マニアックなのがあってもいい。

ロビーで手作りのトン汁やパンやおにぎり、クッキーにココアなどが売られて、大勢が談笑している光景を見たある参加者は、「ほかの映画祭にはない温かさがある。これ、いいね。こんな映画祭、あってもいいですよ。小布施ならではだね」と。
この映画祭が、小布施に、北信濃に、多士済々が集まってなにかを生み出していく母体の役割を果たすような、気分を今、もっています。
みなさん、来年をお楽しみに!
そして実行委員長の市村良三さん、小林一三さん、湯浅伸一さん、映画情報雑誌『ワンダーシネマ』の吉田豊さん、実行委員のみなさん、観客のみなさん、ありがとうございました。長野東宝グランドの本多邦之さんをはじめ映写スタッフに方々にも感謝です。

月に2本は、映画館で観よう、そう思いました。
【今日の一句】「うれしくも せつなくもなく 昼しぐれ」
『うつくしい人生』を観ていて、うかびました。ただの日常に、にじみあがる涙というものがあるのですね。

【今日の写真】文屋文庫の第一巻『小さなまち、たがやす人』、好評です。
これからは、町村の役場や市町村合併関係の講演会などに出むいて、つまり行商を楽しもうと思います。第二巻につなげるためにも完売を目指します。ご支援をお願いします。

2002年11月30日

北信濃小布施映画祭が始まりました

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北信濃小布施映画祭が始まりました。あす12月1日までの2日間、9本の映画が上映されます。今日はわが村の近くにある千曲川の木橋や土手をロケの舞台にした『野菊の如き君なりき』、『白銀城の対決』、『羊のうた』、『モンスーン・ウェディング』と特別上映の『箱』。ほかの用があり、すべて観れたのは『箱』だけでした。
箱、わたくしには、漂う神・スサノオに見えました。
朝、映画祭会場に顔を出してから、母校の栗が丘小学校完全統合三十周年式典に参列。たしかPTA会長をやらせてもらったのは4年前のこと。久しぶりに聞いて口ずさんだ校歌に、少しだけ胸キュンでした。
そのあと、須坂市民会館へ。まちづくりの交流会に参加。それから映画祭へ。

写真は、おばあちゃんに髪を結ってもらっている娘の星河、小学4年生です。朝の点景でした。

【今日の一句】寒い気候になりました。氷を見つめていて浮かびました。
「空と水 薄刃じわりと 氷りぎわ」

2002年11月29日

氷のはる朝でした

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氷点下の朝でした。散歩をしていると、息の白さが深くなっています。その白に日の出の光が射ていました。
午後2時過ぎ、小布施町東町の「はりマッサージのおんだ整骨院」へ。はりと電気のマッサージ、仕上げに恩田先生のマッサージ。毎週金曜午後の定番です。恩田先生は50代前半。奥様と二人で営まれています。最近は、20代の竹節さんという女性も加わって、にぎやかです。
朝5時ごろから夕方までの営業。恩田先生のマッサージは一人約20分間。患部のことだけでなく、日々の養生や鍛錬法、山歩きや自転車コースのアドバイスまで、実践派ならではの指導です。信頼できる人柄で、わたくしの心身の健康助言者です。感謝感謝。

【今日の仕事】午前、新建新聞社にて、新春からの毎月連載企画の打ち合わせ。夕方から長野国際親善クラブ会報の編集。

【今日の写真】夏の選挙事務所にて、一時のくつろぎ。東京の政治部記者に「こんなに明るくて女性が生き生きしている選挙事務所は初めて!前代未聞ですね」と驚きとともにおほめいただいた雰囲気が自慢でした。その秘密は、いずれお話します。

【今日の一句】薄氷あまたの星を映し居る 透玄
選挙の結果は圧勝でしたが、思えば薄氷を踏むような日々でした。
当選の日から、選挙と政治から引いているわたくしです。

2002年11月28日

田中さんの選挙戦

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愛用のデジカメを傷めてしまい、ただいま修理中です。直らないかも、心配です。
そこで、今日の写真は、あの田中康夫さんの登場です。
この夏、県知事不信任により出直し知事選に臨んでいた田中さんの長野事務所で、事務方の秘書役をおおせつかっていました。毎日朝6時半から夜12時まで、近所のホテルに泊り込んで。楽しかったです。事務所詰めでしたが、選挙戦の最終日に、みんなのお許しをいただいて、田中さんの遊説車に後続して、運転して歩きました。
行った先は、佐久の臼田町馬坂(まさか)地区。市街地から山道を1時間以上かけて、いったん群馬県に入ってから長野県に入りなおしたところにあります。たしか票数は20ほど。最終日に、ですよ!聞いた支援者もマスコミも、マサカ!?と叫びました。でも、それが田中流。
結果はめでたく当選。今ごろは馬坂の山にも雪が降っているのでしょうか。

今日の一句です。「十方をはらみ放たる初しぐれ 透玄」
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