2024年10月31日
――時は旧暦9月9日、重陽の節句、大安、上弦の月。
朝から快晴で清々しい秋の日、滋賀県多賀大社の能舞台にて華麗な舞が披露されました。厳かな大鼓と掛け声が響き渡るなか、風になびく紅白の衣装に身を包んだ舞女はまるで美しく羽ばたく鳥のように訪れた参拝者たちを魅了します。
去る2024年10月11日、現代舞踊家の那須シズノさんは、能楽師 囃子方大倉流大鼓の大倉正之助さんとともに、多賀大社にて「火と水の結」の舞を奉納しました。紅白の衣装は「火」と「水」の象徴。通常は白一色をまとう那須さんの静かに燃える想いを表しているかのようです。
那須さんをこの新たな舞へと導いたのはほかの誰でもない、江戸の浮世絵師・葛飾北斎。この奉納舞は、北斎の「魂」と出会った那須さんが強い志を立てて創作を始めた「火と水の結」の序章です。
北斎の想いを受け継ぎ、自身の想いを深化させ、那須さんはこれからの人生を賭けて新たな舞を創り上げようとしています。
多賀大社に鎮座するのは「生命(いのち)」の親神様。伊勢神宮の祭神である天照大神をはじめとする神々、そして私たち人間を含むあらゆる生命をお生みになったといわれる、伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)と伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)の両神が祀られています。
大倉正之助さんは日本文化の伝承者として、この国生み神話の二親を祀る多賀大社にて、これまで幾度となく能楽奉納を行ってきました。大倉さんとの40年来の親交を結ぶ那須シズノさんは、北斎に捧げる最初の「火と水の結」の舞をここで披露することに決めたのです。
この日は汗ばむほどの陽気。集まった50余名の人々は正式参拝の後、野外の能楽堂へと移動して那須さんの登場を待ちます。やがて大倉さんが奏でる大鼓が規則正しいリズムで響きわたり、周囲が心地良い静寂に包まれるころ、御簾の奥から紅白の衣装をまとった那須さんが姿を現しました。
能舞台の中央へと続く橋がかり(廊下)をゆっくりと渡ると、囃子方をつとめる大倉正之助さんの前で、那須シズノさんの「火と水の結」の舞が始まります。
那須さんはハワイのキラウエア火山近くに住み、その炎を見続けてきた一方で、一年の三分の一は近江・比良に暮らして琵琶湖の水と向き合っています。火と水は那須さんにとって生命の源であり、これを象徴する舞は自身の生き方そのものであるといえるかもしれません。
豊かな緑に囲まれた能舞台で、赤と白の鮮やかな布地が自然の風に吹かれながら、「火と水の結」の舞が表す「静」と「動」の対比。ここに大鼓と掛け声の囃子が見事に調和し、観ている人々は独特な世界観に引き込まれていきます。
そして訪れる、旋回のとき――那須さんの祈り舞を象徴するスパイラルビジョンが華麗に、そして力強く舞われたかと思えば、不意をつくかのような終演。太鼓の調べとともに神々しく退場する那須さんの姿を観ながら、気づけば夢のなかにいたかのように思えた15分ほどの時間でした。
魂の表現者として芸の道を追究してきた那須シズノさんの周囲には、志をともにする人々がたくさんいます。多賀大社にはこの日、舞踊の指導者として後進を育てる那須さんのお弟子さんをはじめ、那須さんの舞に魅了されるファンの方々が集まりました。
そして、文屋の木下豊もその一人。2024年春に始まったばかりのご縁であるにもかかわらず、今回の「序章」はもちろん、2025年春に開催予定の本編、「火と水の結リサイタルセミナー」も主催することになり、すでに深い信頼関係を築いています。
那須さんと文屋の出会い――そこに北斎がいます。那須さんが北斎の「魂」と出会ったのは、北斎が最晩年に訪れ、多くの傑作を残した長野県小布施町です。文屋が拠点とし、まさにこの春から新たな北斎プロジェクトを開始したこの町に那須さんが訪れたことが、すべてのご縁の始まりでした。
奉納式のあとには、直会(祭祀の終わりに参加者で神前にお供えした食事やお酒をいただくこと)が行われ、那須さんや大倉さんをはじめ、小布施の「顔」北斎館理事長の市村次夫さん、そのほかにも多くの参加者がそれぞれの想いを熱く語ります。
北斎に捧げる舞に向き合う那須シズノさんと、新たな北斎文化の創造に挑戦する小布施、そこにどのような化学反応を起こるのか――。次回はみなさんの語りの内容をお伝えしていきます。どうぞお楽しみに。
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