2024年1月18日
長野県小布施町は、ユニークなまちづくりで全国から評価される町です。伝統を受け継ぎながらも洗練されたデザインの建物が調和する町並みが人々を魅了し、年間120万人もの来訪者が集まります。
小布施は、近隣のリピーターが多いことも特徴的です。
そこには、一度訪れればそれで満足する「非日常」とも、見慣れた風景しかない「日常」とも異なる、上質で小さなハレの「美日常」があるのです。
たとえば歴史ある城下町や門前町の蔵の町並み保存運動は、非日常の場をつくりあげます。その一方で、ありふれた古い町並みは日常の場といえるでしょう。
そのどちらでもない小布施の美日常の場とは、古いものや歴史を大切にしながらつくり上げられた新しい町。小布施発信のまちづくりの手法、町並み修景事業によって形成されます。
文屋は2023年12月に、『小布施まちづくりのセンス――二人の市村』(磯野謙・著)を出版しました。
本書には、40年もの時間をかけて進化を続けてきた小布施のまちづくりのエッセンスが詰まっています。このブログでは数回に分けて、本書の核となる「まちづくりのセンスを磨く19ヒント」をご紹介しています。
町並み修景事業を中心とする小布施のまちづくりをリードしてきた「二人の市村」――いとこ同士の市村良三さんと市村次夫さんは、1980年代に家業である老舗栗菓子店「小布施堂」を継承した人物です。二人は生まれ育った小布施の町で小布施堂を発展させるために、多くの斬新なアイデアを実現してきました。
「和風とは何か」を問い直すこともその一つ。ただ伝統をそのまま受け継ぐのではなく、自分たちで新たな解釈を加え、「次の和風」を目指します。
二人がまず考えたのは、和風とは日本人の感性に自然に馴染むということ。奈良の唐招提寺のような直線的なぐし(屋根の頂上部分)は、朝鮮半島や中国のお寺の曲線的なぐしに比べ、日本人の感覚にしっくりくる心地良さがあると感じられました。
そこで設計されたのが、小布施堂本店の建物です。店内にはスコットランドの建築家マッキントッシュの代表作で、直線的なデザインを施したラダーバックチェアが置かれました。そして外装や内装の設計にも、直線が象徴的なデザインが取り入れられています。
和を基調とした落ち着いた雰囲気のなかに、モダンなデザインがアクセントとして光る、そこに二人の和風への挑戦を感じとることができます。
「地と図」という考え方を建築用語でとらえるならば、建物は「図」です。そして「地」とは、敷地や背景、風土や歴史でもあります。良三さんと次夫さんは新しい建物を造るとき、この「地」を大切にすることを忘れませんでした。
葛飾北斎の肉筆画を多く収蔵する小布施の顔ともいえる「北斎館」の周辺は、まさに「地と図」が調和する空間です。
建築家・宮本忠長氏が設計した小布施堂の栗菓子工場「傘風舎(さんぷうしゃ)」は、訪れる人が美術館と間違えるほどスタイリッシュな建物ですが、周囲の建物にあわせて瓦屋根が使われています。
傘風舎以外にも、周辺には町並み修景事業によって増改築された建物があります。北斎館から北西に見渡すとこうした建物の切り妻屋根が幾重にも重なり、瓦葺きの屋根が連なる景観が一望できるようになっているのです。
どこか懐かしくてほっと安心できる小布施の町並みは、その土地の地形や歴史である「地」を生かすことによってできたものといえるでしょう。
良三さんと次夫さんはいつも風景を観察し、そのとき自分がどう感じたかを詳細に記憶しています。二人は高校生のころから、大阪にあるサントリーの山崎蒸溜所の建物に憧れていました。里山のなかに調和するレンガ色の建物に魅了され、わざわざその建物がよく見える路線を選んで乗ったと話します。
町並み修景事業を始めてから、二人が国内外の多くの場所を訪れたときにも、風景の観察は重要でした。「何か気になる」という自分たちの感性に敏感に反応しています。
こうしたなかで得た一つの気づきは、「道は真っすぐよりも曲がっているほうがかっこいい。曲がっていて先が見えないほうがいい。曲がった道のほうが楽しいし、気持ちいい」ということでした。
「かっこいい」「楽しい」「気持ちいい」――。こうした素直な感情を大切にすることで、理屈を越えて人の心を動かすまちづくりの感性が磨き上げられたのです。
町並み修景事業という経験を通して磨かれたさまざまなまちづくりのセンスには、ありきたりな手法では学べない「美日常」の本質があります。
教科書では学べないまちづくりのセンスを磨きたいと思っている方には、本書がきっとお役に立つことでしょう。
『小布施まちづくりのセンス――二人の市村』(税込2,200円)は、下記よりご購入いただけます。
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