2023年10月26日
――そこにあるのは「たいくつな日常」でも「たいへんな非日常」でもない
たおやかな幸福感に満ちた美しい日常
人口約11,000人の町に年間120万人の人々が訪れる長野県小布施町。この町では訪れる人々のことを「観光客」ではなく「来訪者」と呼びます。
理由は、ほとんどの人がリピーターだからです。
ある地の名所や特産物を目的にやってくる観光客のなかで、再びその場所を訪れる人はどれくらいいるでしょうか。
「一度来たらまた来たい」「気づけば何度も訪れている」という気持ちを抱かせる深い魅力は、ガイドブックに掲載することができるでしょうか。
小布施が多くの来訪者を引き寄せる力は、ここに生きる人々が時間をかけてつくりあげてきたものです。何より「このまちが好き」という小布施人の「おもい」がこの地の独自性を築き、いまの知名度と存在感につながっています。
短い言葉では語り尽くせないこの「おもい」の歴史を伝えるために、本ブログでは今回より新たなテーマを開始します。
「小布施、美日常へのいざない」――どうぞおつき合いください。
小布施には、ガイドブックに自信をもって載せられる魅力もたくさんあります。
北信濃にある小布施は、町の東側にたたずむ雁田山(かりだやま)と、篠井川(しののいがわ)、松川(まつかわ)、千曲川(ちくまがわ)に囲まれた平らで日当たりの良い扇状地です。
周囲からの境界が明快な「島」を思わせるこの地にあるのは、新鮮な空気と豊富な地下水。「風水的にとてもいい気が流れている」という人もいるほど、爽やかさと清々しさに満ちています。
小布施といえば「栗」を思い浮かべる人も多いでしょう。600年以上の歴史がある小布施栗(おぶせぐり)の質は高く、伝統ある和菓子やこだわりのスイーツを求めて多くの人が集まります。
そして栗だけなく、リンゴやぶどうなどの果樹が実る自然豊かな風景も小布施らしさの一つ。その中心にある町の「顔」が、北斎館です。
小布施は江戸時代を生きた浮世絵師・葛飾北斎が晩年を過ごした町。北斎の肉筆画や天井絵などの傑作が見られる北斎館では、情熱の息づかいをいまも感じることができます。
この北斎館を中心に進められた町並み修景事業を経て、いまでは「花のまち」とも呼ばれるほど美しい小布施の小景。町民たちが歩調を合わせて築きあげ、町中どの場所にいっても絵になる美しい景観が保たれています。
まだまだ書き尽くせない小布施の“見える”魅力――。これらが他に類を見ない光を放つ背景には、目に見えない小布施人たちの「おもい」があります。
“見える”魅力をいくつかご紹介しましたが、小布施には世界文化遺産や国宝、見応えのある大自然があるわけではありません。有名な観光地がひしめく信州にあって、遊園地もスキーリゾートもないこの町に、なぜ人々は何度も訪れるのでしょうか。
「美日常」――それが文屋代表・木下豊の一つの答えです。
「旅は日常からの脱出」「旅は非日常に心を遊ばせること」といわれますが、「美日常」とはそのどちらでもない、中間領域にある「上質で小さなハレ」のことです。
民俗学で清浄性・神聖性を示す「ハレ」と、日常性・世俗性を示す「ケ」の間にある「小さなハレ」。日常の暮らしのなかで、たおやかな幸福感に満ちた、ささやかなハレのことを意味します。
生活者は自分たちの暮らす土地を「上質で小さなハレ」の場にしていく。その時間と空間、風土が大切に丁寧に育まれる「いいまち」には、一見さんの観光客ではなく常連さんの来訪者が集まります。
「美日常」は、生活者と来訪者が交流・交歓するこの豊かな生活文化を理解し、発展させるための理念といえるでしょう。
小布施人にとっての来訪者、すなわち訪れ人とは「音連れ人」。外の人はみんな峠の向こう側、外の音をもたらしてくれる貴重な存在であり、自分たち生活者の満足度の高さが来訪者の満足度の高さにつながると考えています。
「美日常」を中心に生活者と来訪者双方の満足は調和し、好循環が末永くつづく土壌が育まれるのです。
文屋は2023年11月に、新書『小布施まちづくりのセンス―― 二人の市村』を出版します。ここには40年以上前に小布施の未来を描き、周囲の人の共感を得ながらビジョンを実現させた立役者たちのまちづくりの「おもい」の歴史が刻まれています。
文屋はさらに、来訪者を美日常の旅へいざなう宿り場 《ゲストハウス小布施》をひそかにオープンいたしました。来春の公式オープンを経て、新たな「おもい」の歴史が始まります。
これらの息吹を感じながら、小布施から世界を変える「美日常」の神髄を少しずつお伝えしていきます。
どうぞお楽しみに。
《ゲストハウス小布施》は、小布施の真ん中に江戸時代からある古民家と土蔵を活かした3室のお宿です。